きものみこ

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シンギュラリティとウェルビーイング②

前回の続きです。

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 元々情報社会というものを学び、IT業界にいました。全く離れていた期間の情報を埋めるように調べて学び、学んできたものと結びつける作業をしながら、シンギュラリティに到達する未来、それ以降の未来にインスピレーションというか様々なことを思い馳せました。そして自分の中で煮詰まって、シンギュラリティについて他ではどう捉えているのか、情報交換をしたくなりました。

 有難いことにIT業界に長きにわたり携わっている方や最新の技術に関わっている方ともご縁があり仲良くさせていただいていたので、久しぶりに交流の場を設けさせていただき、少し話をすることができました。わたしの中で次に来る未来と自分のきものへの取り組みがとても重なっているように思えてならず、その後もITの観点も合わせて社会を俯瞰してみるという感覚は消えませんでした。

 

 わたしはIT業界を後にし、大手出版会社で仕事をすることになりました。そこでもシンギュラリティの文字を目にすることになりました。業界が変わっても目にする言葉、わたしの中でもホットな言葉だっただけに、FBで思わずつぶやいてしまった程でした。

 

◉人口知能が人間の能力を超えるとはどういうことか

 一般的には仕事がなくなるといって警笛を鳴らすような人が多く感じます。でも、わたしがシンギュラリティを考えて思ったのは逆のことでした。

 

「人が時間に制約されることなく自由になる」

 

 仕事をする上で、コンピュータに任せられるものがあれば、任せてしまった方がよほど正確で速い。ルーチン的なもので人間の手作業が多かったり、人間が判断する箇所が多いと、それだけミスする可能性も多い。またコンピュータなら早く終わるところを、システム化していないばかりに、残業したり数日かけて仕事をするのは非効率性を感じます。

正確に早く仕事ができるコンピュータに任せるということは、時間に余裕ができるということ。時間を捻出できたら、現状をただ維持していくだけでなく、より挑戦に満ちた思考での取り組みも可能になると思う。断然、世の中おもしろくなるはず。維持の為に費やす時間が減ることは心身の負担が減ると思うし、自然の摂理にあった生活スタイルが作りやすいと思うのです。

 

「時間軸ではない報酬基準」

 

 時間で計る賃金ではなく、質で計る賃金もまた可能のように思える。例えば、その日やるべき仕事があったとして、工夫して早く終わらせた人は早く自由になるけれど、報酬は変わらないとか。人によっては取り組み時間に差が出ます。でも時間で賃金に影響がないならば、早く終わらせて自由な時間を手に入れようとすると思うのです。時間稼ぎ的な働き方を目にすると、楽しいのかな?と思ってしまいます。

また働くママさん達はいくら社会的な待遇が会社で提供されていたとしても、心地悪そうにしている姿を目にします。働くママさん達はとてもクリエイティブな人が多いと感じます。限られた時間の中で本当に工夫して時間をつくり、全てのことをこなすのだから本当にすごいし尊敬します。

そして、今日やるべき仕事が終わっているのに拘束されるとか、捻出した時間があってもクリエイティブなことができないというのは、どうなのだろう?とか、人によっては仕事を失くさないための仕事をしようとし、それもどうなのだろう?と思うのです。友人が以前、「仕事はなくす為にある」と言っていたのを聞いて、本当にそうだなとそ思いました。仕事がなくなるということは解決したということ。病気を失くさない為の何か・・・とか、おかしいですから。テクノロジーを使うならもっと違うことに意識を向けたらいいのにと思ってしまう。

 

 

「お金が必要のない社会」

 

 人が働く時間が少なくなることで賃金を心配するならば、今まわっている経済の在り方自体がその時には大きく変わっていると思えます。お金が必要のない社会、少額で生活できる社会です。10年位前に友人の友人が言っていたことを思い出します。”世の中のお金の価値はなくなる。価値になるのは愛だ”と。わたしはその言葉が忘れられずにいました。そのような社会とはどんな社会だろうか?と想像すると、インターネットが脳のニューロンのように発達した社会で、原始的に物々交換のようなことが主流になっていく社会をイメージした時、その人の言うように本当に現実になっていくような気になりました。

 そして、最近キャッチしていることや今回の講話でも、そのようなお金が必要のない時代が近いと思えました。ある意味、社会の発展は順調に進んでいるのかもしれない。そうならざるを得ない方向へ進んでいるように思えます。

 

「人間だからできることは何か?」

 

AIが大半の仕事をしてくれるようになっていくことを考える同時に、やはり「人間だからできることは何か?」を考えました。わたしがその時に思ったのは「五感で感じること」や「感性」だと思いました。コンピュータに支配されるストーリーの映画を昔に観て思い出すのは「ターミネーター」や「マトリックス」「JM」とか。そういう未来を思うと、嫌だなと思ってしまいます。でも、社会はITの基盤の上で成り立っていて、これが崩れることはないと思うのです。上手に付き合っていくことを考えたい。

そして、大切なのは、何を感じ、何を考え、何をしたいかで、そういう意思決定は人間にあると思うのです。わたしは五感で感じることをたくさん体験し、感性を磨きたいと、その時すごく思いました。

 

 

…そういったことを頭の中でゴチャゴチャ考えていたわけですが、所詮わたしが思ったこと、感じたことに過ぎません。講話の話が舞い込んだ時、即、決めました。より詳しい人の話や考えを聞きたい!と思ったのです。

 

 

つづく。